大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和33年(オ)406号 判決

上告人 堤竹次郎 外一名

被上告人 佐賀県知事

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人弁護士今泉三郎の上告理由第一点について。

しかし、原判決は、結局「以上の事実によれば、本件許可処分は、住居の安定という碇の切実な希求を尊重すると共に被控訴人ら(上告人ら)の利害をも十分考慮した上加えて条件をつける必要はないという見地に立つてなされたものと解されるのであつて、その内容が著しく不当で公正を欠くとか不正不当な動機に基くとか、その他裁量の範囲を逸脱したものとは認められない」というのであつて、その判断は、当裁判所もこれを正当として是認することができる。されば、原判決には、所論の違法は認め難く、所論違憲の主張もその前提を欠き採るを得ない。

同第二点について。

しかし、原判決は、「既に事実上転用された農地につき転用を許可するのは、違法状態を将来に向つて消滅させる効果を持つのであり、換言すれば、当該処分以後申請人をして右土地を農地以外の用途に使用する自由を得させるのであつて決して不能の行政処分ということにはならない」と判示して、本件許可を無効でないとした。そして、右判示も正当として是認することができるから、所論は採ることができない。

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判官 斎藤悠輔 入江俊郎 下飯坂潤夫 高木常七)

上告理由

第一点 原判決は憲法の違背及び判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

(憲法二九条)

憲法第十二条後段には「国民はこれを濫用してはならないのであつて常に公共の福祉のために之を利用する責任を負う」とあり民法第一条第三項には「権利ノ濫用ハ之ヲ許サス」とある。

然るに原判決は許可に条件をつけないことが著しく不当で公正を欠くときは「斯様な許可はもとより違法であるといりなければならない」と判示しながら上岩人が訴外碇繁俊の権利の乱用によりて不当する損害を蒙ることを防止するための条件を附せずしてなした被上告人の農地転用の許可を容認しているので明らかに憲法の違背法令の違背を容認したのであり従つて原判決自体も憲法に違背し法令に違背しているのである上告人はこれがために違法に財産権を侵害されているのである。

1 上告人が訴外碇の行為によりてその額の大小は暫くこれを措くとして損害を蒙つたことは原判決もこれを認めているのである。

2 然るに碇の土地は争の地点より東の方に十間以上の余地があつたのであるから上告人の土地に接近して家屋を建築する必要はなかつた。

この点につき上告人より碇に対し「碇の土地の面積は東の方に十間以上余裕があるから是非西の方に五間距離をあけてくれ」と交渉したる処碇は「西の方をあけても米がとれないから東の方にあけるから二間半で是非承諾してくれ」と応えている。これに対し上告人が「貴男の方の米さえとれれば当方の分はいくら減収してもかまわないか」と詰問したる処碇は「貴男はまだ他に土地があるから承諾せよ」と述べている。

これほど言語道断なことはない。これが通れば世の中は暗となる。「無理が通れば道理が引込む」とはこのことである。これを権利の乱用といわずして何ぞやである。

3 原判決は碇の住居の安定という切実な希求を尊重すると共に上告人(被控訴人)の利害をも十分考慮した上のことと判示しているが前記の通り碇の土地は東の方に十間以上の余裕があつたのであるから、上告人の主張する通り上告人との土地の境より五間距てて家屋を建築するも碇の住居の安定という切実な希求は十分満たされるのであつて上告人等に不当なる損害を与える必要はなかつたのである。

これを無視した被上告人の許可処分が果して十分考慮した上敢えて条件をつける必要はないという見地に立つたものと解せられ得るだろうか社会的常識は決してこれを許しはしないだろうと考える。

4 また原判決は「右申請が中原村農業委員会を経て控訴人に到達するや控訴人は…中略…佐賀県農業会議の意見をきいた上本件許可処分をなすに至つた云々」と判示しているが被上告人が斡旋に乗り出したのは三月二十六日碇が家屋を建築した後である。

事実は第一審判決にもある通り碇は被上告人より工事中止を命ぜられこれをきかず始末書を徴せられているに拘らず依然工事を進め昭和三十年二月十七、八日頃より家屋の建築に取掛り被上告人が斡旋に乗り出したときは既に家屋は出来上つていたのである。よつて碇の不法行為に圧倒されて止むを得ず被上告人は碇に対して無条件の許可を与えたのである。いわば被上告人の裁量も何もなかつたのである。

かかることが容認さるれば何人といえども許可以前に工事建築をなし県当局を強制的に許可せしむることが流行するやも測り知れない。

以上の観点から被上告人の許可処分は違法でありこれを容認した原判決も破毀を免れないものと信ずる。

第二点 原判決は判決に影響を及ぼすこと明かな法令の違背がある。

原審判決は無効なる行政処分を有効と判断している。

第一審判決は被上告人の許可処分を無効としてその理由を左の通り示している。

本件許可処分のなされた昭和三十年五月十九日頃においては従前耕作の用に供せられていた本件農地中転用申請該当部分はすでに新築住家が完成するばかりになつており且つ申請地の所有者である碇も前認定の理由から将来永久的に右住家を使用する意思であること明白であるから既に現況は宅地と目して不可なく耕作しようとしていつでも耕作できる状況になかつたといわねばならない。してみると本件許可処分は宅地に対してなされたことになる。農地法第四条に基く転用許可はいうまでもなく農地を農地以外のものにするためになされる行政処分であつて処分当時外観上農地でないこと明白な土地をなお農地としてなした本件許可処分は目的物に関する不能として無効といわねばならない。

行政行為の対象とし得ない物を対象とした行政行為が無効であることは学説の一致する処である大阪高判昭和二五年六月二一日行裁例集第一巻第七号一〇一四頁は農地を山林と誤認した未墾地買収計画を無効とし福岡地判昭和二九年五月二六日行裁例集第五巻第五号一〇二三頁は外観上農地でないこと明白な土地を農地としてなした買収処分を無効としている。下級裁判所の判決であるが妥当なること疑わない。

然して右行政処分の無効は絶対的のものでありたとえ如何なる理由ありとするも又如何なる目的ありとするも無効なる処分は有効にはなり得ない又無効なる法律行為は死して生れたる胎児の如くの法諺の如く絶対に蘇してこれを有効となし得るものではない。(農地法第四条違反)

附記

なお本件碇は第一審判決判示の通り

被上告人の許可なくして昭和二十九年十二月頃より申請地の地均しを開始しそのため被上告人より始末書の提出を要求せられたにも拘らず依然工事を進め昭和三十年二月十七、八日頃よりは右土地上に家屋建築に取り掛つたそこで被上告人は同年三月十七日碇に対し先ず口頭を以て次いで農地部長名の書面により右土地については知事の許可処分が留保されているのであるから一切の建築工事を中止すること若し中止しないときは農地法違反により告発する旨を通告を受けたものである。然もこの時は既に家の建築は出来上つていたのである。然も更に同年五月二十日頃には被上告人の許可を得ずして屋根を葺き壁塗りを進め同年六月十日頃には同所に移転して来たものである。そこで被上告人は碇の強引さに圧されて碇の第二回転用許可申請に対して許可処分をなしたものである。

斯かる違法、暴力行為が許されるならば正に法の権威は失墜し暴力天下に横行するに至るであろうこれを容認した原判決が破毀さるるは当然なりと信じます。

なお当時条件附許可を与えても碇としては僅かの費用を以て東方の余地に家屋自体を移転可能であつたことも参考として述べて置きます。

以上

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